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名古屋高等裁判所 昭和31年(ナ)3号 判決 1957年2月05日

原告 石川祥一 外一名

被告 愛知県選挙管理委員会

主文

原告等の請求を棄却する。

訴訟費用は原告等の負担とする。

事実

原告等は「昭和三十一年四月二十九日執行の碧南市議会議員一般選挙における選挙の効力に関する原告等の訴願に対し、被告が昭和三十一年八月八日なした訴願棄却の裁決を取消す。右選挙を無効とする。訴訟費用は被告の負担とする」との趣旨の判決を求め、その請求原因として、原告等は右選挙の候補者であるところ、同選挙の効力に関し昭和三十一年五月十四日碧南市選挙管理委員会に対し異議の申立をしたが同月二十六日棄却されたので同年六月十五日被告委員会に訴願し、同年八月八日訴願棄却の裁決があり、その裁決書は同月十一日原告等に交付された。

しかしながら、右選挙は次の理由により無効である。

一、当選人等は選挙規定に違背し、現職警察官をして選挙運動をなさしめ、原告等に対し選挙干渉をした結果、原告は不利な立場で選挙運動を行い落選するに至つた。右は明らかに選挙管理規定を無視し、選挙人の自由な意思が表明されたと見ることができず、公明な選挙は行われず、選挙の結果に重大な影響を及ぼしたものである。

二、開票所の秩序紊乱について。

(イ)  開票所は碧南市役所内の碧南市議会議場が当てられ、参観人の出入は自由で受附らしきものはなく、参観人に対する選挙人名簿との照会もなかつたため多数の悪質者が参観人として出入した。

(ロ)  開票場所と参観席との間には形式的な柵が設けられたに過ぎず容易に往来ができたので、参観人中多数の者が常時開票場に往来して混乱した。榊原繁なる者が立会人席や開票場に往来した。この秩序紊乱について委員長岡部健太郎は金原義一候補者に陳謝し、参観人鵜飼周一、榊原治男は非常に憤慨し、かかる状態では容易に筆記等不正行為をなすことができるし、不正事実が推測されると言つた事実がある。

(ハ)  開票所内に鉛筆や紙片が散乱し、筆記が公然となされ、数百票の白紙投票に筆記して有効投票とし、白紙投票を五十票内外に減少せしめた。又投票保管のための封印は何人かによつて破られたまま、上から再度封印された。

市選挙管理委員長が秩序紊乱を黙認した事実の裏には、故意に投票を増減した事実があり、訴外杉浦敏一より当選無効の訴願がされた結果、昭和三十一年九月十四日被告委員会において裁決したことにより明らかになつた。碧南警察署より投票増減罪として名古屋地方検察庁岡崎支部に書類送庁の事実がある。

三、市選挙管理委員は混乱状態に陥らせながら、秩序維持について何等の措置も講せず、公然と不正行為をなさしめ、碧南警察署に対し警備の要請すらなさず、管理上重大な手落があつた。

と述べた。

(立証省略)

被告代表者は主文同旨の判決を求め、答弁として、

一、原告等主張の一の事実は否認する。仮に当選人にそのような事実があつたとしても公職選挙法第二百五条第一項にいう選挙の規定に違反するものでなく、従つて選挙を無効ならしめる原因とはなり得ないものである。

二、開票所は碧南市議会議場を使用したことは主張のとおりであるが開票所への入口は一ケ所のみを残し他は閉鎖し、入口に受附を置き、開票を行う場所と参観席どは柵をもつて明確に区別してあつた。そして次の事実はあつたが、原告主張の開票所の秩序が保てなかつた事実はない。

(1)  開票途中に開票管理者が開票立会人中八番の席に着いていた者を呼ぶのに「八番」と言つたところ、参観人席にいた立候補届出番号八番の候補者の運動員が自己を呼んだと錯覚し、柵を乗り越えて開票管理者の前まで来たが、開票管理者の注意により元の席に戻つた。

(2)  開票事務終了間際に投票の効力認定に関する開票管理者の処置を不満とする参観人が柵を乗り越え開票管理者に対し「情がない」と迫り、開票管理者の注意により参観席に戻つた。

(3)  開票管理者の許可を得て新聞記者中の代表者三名が開票の場所に立ち入つた。

(4)  開票に際しては有効投票点検票、無効投票点検票、各候補者の投票数計算表等多くの諸用紙を要し、これを記入する鉛筆、筆記具を要するのでこれ等は事務処理上必要不可欠ものものであつて、開票の場所に存在したことは当然である。又開票終結までの過程において必要諸表を作成し筆記したことは争はぬが、開票管理者が開票立会人の立会のその職務の補助執行のための事務従事者をして正当且つ適正に筆記をなさしめたものである。

数百票の白紙投票に筆記し、これを有効投票として五十票内外に減少させた事実は全くない。本件選挙における無効投票中の白紙投票は僅か九票であり、同市の最近における地方選挙の白紙投票の実情からみて根拠のないものと言わねばならない。点検済の投票の包を封印する前に投票の効力決定に異議があるとして包紙を破つたが、投票の点検を行わず直ちに包み直して封印した事実は認めるが、この間に不正事実が介在した事実はない。

三、開票所が無秩序の状態であつたことは認められない。仮に開票所の秩序保持のために警察官の処分の請求が必要であつたとしても開票管理者の自由裁量に属する事項であり、開票の場所へ立入つた参観者に対してはその都度制止しており、その他警察官の処分を請求する必要がなかつたので、原告の主張は当らない。

要するに、本件選挙は無効でないことは勿論、訴は理由がないと述べた。

(立証省略)

理由

原告等が昭和三十一年四月二十九日執行の碧南市議会議員一般選挙の候補者であることは、甲第二、第五号証によつて明認される。

よつて、原告等主張の無効原因について考察する。

一の点について。

当選人等が選挙規定に違背し、現職警察官をして選挙運動をなさしめ、原告等に対し選挙干渉をした結果、原告等は不利な立場で選挙運動を行い、選挙人の自由な意思が表明されず、公明な選挙が行われなかつたというが、かかる事実を認むべき証拠は何処にも存在しない。

二の点について。

開票所は碧南市議会議場に設けられ、開票を行う場所と参観席とは柵をもつて区劃されたこと及び点検済の投票の包が破られたまま封印したことは当事者間に争がない。

しかし、参観人が多数柵を越えて開票の場所に往来して混乱し開票所の秩序が紊乱し又は混乱した事実を認むべき証拠はない。ただ甲第二号証、証人鵜飼周一、同神谷敬次郎、同山本慶之介の供述によつて見ると、開票所への入口は一ケ所のみを残し他は閉鎖し、入口に受附を置き、報道係のみ各新聞社との連絡のため他の通路を通行することができることとし、参観人は四十人位、柵内の開票管理者、開票立会人、開票事務に従事する者等の開票要員も略同数位であつたところ、開票要員以外の榊原繁、鳥居勝平の両名が柵内に入つてウロウロしていたこと、開票事務終了間際に投票の効力認定に関する開票管理者の処置を不満とする参観人が柵を乗り越え開票管理者に対し「情が無い」と迫り開票管理者の注意により参観席に戻つたこと及び参観人の開票所入場に際し選挙人名簿との照会が不徹底であつたこと等は認められるが、かかる事実は選挙の規定に違反するとは言えないし、選挙の結果に異動を及ぼす虞がある場合に該当しないことは勿論である。また点検済の投票包が破られたまま封印した事実も右と同断に解すべきである。

次に原告等は開票所内に鉛筆や紙片が散乱し、筆記が公然となされ、数百票の白紙投票に筆記して有効投票とし白紙投票を五十票内外に減少せしめ、市選挙管理委員長が秩序紊乱を黙認した事実の裏には故意に投票を増減した事実があると主張するが、これを認むるに足る証拠がないばかりでなく、全立証によつてもその疑念すら生ぜしめるものがない。むしろ、証人山本慶之介の供述によれば、同人は原告石川祥一の開票立会人となつた者であるが右開票に際しては白紙に筆を加えるような不正行為がなかつた事実が認められる。

又訴外杉浦敏一より当選無効の訴願をした結果昭和三十一年九月十四日被告委員会において採択されたことは故意に投票を増減した事実によるものであることの証拠がなく、碧南警察署より投票増減罪として名古屋地方検察庁岡崎支部に書類が送庁された事実についてもこれを認むべき証拠がない。

従つて、この点に関する原告等の主張は採用することができない。要するに、故意に投票を増減した事実についての証拠は全くないばかりでなく、かかる疑念を惹起するような証拠すらも見られないし、開票所が一時喧騒したこと及び点検済の投票の包が何人かによつて破られたまま封印した事実があつても、それ以上投票に何等かの作為がされた事実が認められないので、選挙の結果に異動を及ぼすものは何もなかつたと言うべきである。

三、前記認定の如く開票所が警察官の警備を要する程度に混乱したものでないことが明らかであり、混乱に乗じて公然と不正行為が行われた事実がないことは前認定のとおりである。

他に以上の認定を左右するような証拠はなく、結局原告等の主張は理由がないことに帰する。

然らば被告委員会のなした棄却の裁決は正当であつて、これが取消し及び本件選挙の無効宣言を求める原告等の本訴請求は失当として棄却すべきものとする。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 北野孝一 大友要助 吉田彰)

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